Masuk相沢さんの黒い瞳に、野獣のような剣呑な光を認めて、もう逃げられないと確信した。恐怖を感じながら、心のどこかで楽しみにしている自分もいる。
「あ……あいざわさん。おねがい……イかせて……」
もう本当に限界で、僕は羞恥心をかなぐり捨てて懇願した。
「ふふっ、いいぜ。でも、まだ挿れてあげない」
相沢さんは意地悪くそう言うと、僕の足の間に頭を埋めた。
「え……? ……あ゛っ!」
突然、しびれるような衝撃が、下半身から頭の先に走った。
相沢さんが、僕自身の先に唇を這わせたからだ。次第に舌を絡め、舐め上げ、僕を追い詰める。
「ぐ、あ゛っ……あいざわさん、も、……ぅあ……む、りぃ……!」
僕が白旗を上げると、相沢さんは僕自身を咥えた。
「あ゛あ゛ぁ……っ!」
そのぬくもりと感触に、僕は相沢さんの口内へと欲望を吐き出した。
「ん゛っ……!」
相沢さんのくぐもった声が聞こえた。
視線だけを下半身に向けると、僕を咥えたままの相沢さんと目が合った。
「相沢さん……は、離して……ください」
頼んでみたものの、彼は一向に離してくれない。それどころか、口内に出したものを飲み下しているのか、彼の舌が裏筋をリズミカルに刺激する。敏感すぎる自身には強すぎて、痛みすら感じ始める。
「ん゛ぁっ!? ちょっ……あ、相沢……さん! 飲ま、ないで……!」
必死に懇願するけれど、少しも聞いてはくれない。
「相沢さ、あ゛っ……!」
僕から引き離そうと、彼の頭に触れた瞬間だった。ものすごい勢いで吸われ、僕の体はビクリと跳ねた。まるで、欲望の残滓を吸い取ろうとしているみたいだ。
「あ゛……だ、め……! 吸っちゃ、だめぇ……!」
言葉とは裏腹に、自身はまた硬くなっていく。
(イッたばかりなのに、どうして……?)
やめさせたくて、彼の頭に触れている手に力を入れようとする。けれど、さわさわと彼の髪を触るくらいしかできない。
しばらくして、顔を上げた相沢さんは、
「ごちそうさま」
と、舌なめずりをする。
語尾にハートマークでもついているような言い方に、僕は急に恥ずかしくなった。
「飲んじゃだめって言ったのに……」
「あんたが、俺の口の中に出すからだよ」
「そう……だとしても、飲み込むなんて――!」
「興奮しちゃう?」
ねっとりとたずねられて、僕は言葉に窮した。
正直なところ、先ほどの光景と感触を扇情的だと感じていた。
「ふふっ、また勃ってる。やっぱり、体は正直だな」
相沢さんは、僕自身に軽く口づけをした。
「ひゃっ、あ……! あいざわ、さん……それ以上は……!」
強すぎる快楽から逃げようとして、声をかける。
けれど、彼は上目遣いで僕を見て、
「やめるとでも思ってる?」
と、静かに告げた。
瞬間、のどを締めつけるような感覚がした。
低く妖艶な彼の声音に、どくりと心臓が跳ねる。恐怖とも期待ともつかない感情が、ぞわりと肌を粟立てる。
「まだ、拒否する理性が残ってるんだ? 幸せになりたいって言ってたのに。往生際が悪い子には、お仕置きが必要かな?」
彼は、ゆらりと上体を起こして、言葉をかみしめるように告げる。その黒い瞳には、僕の反応を楽しむ余裕みたいなものはなかった。あるのは、獰猛な獣のような飢えた光だけ。
「もしかして、期待でもしてるの? そんなにビクつかせて。佳晴さんって、意外と変態なんだ?」
言いながら、相沢さんの顔が僕の顔に近づいてくる。
「そ、んなこと……ない」
事実を指摘されて、僕は彼から顔をそらした。羞恥心で語尾が小さくなっていく。
「そんな事、あるだろ!」
静かに吠えると、相沢さんは僕の顎をつかんで強引に自分の方へと向かせる。
「ん゛ぅ!」
荒々しい口づけをして、舌で僕の口内を蹂躙していく。
「ん゛……ぅ、ふぁ……は……ん゛ん……」
先ほどの甘いキスの比ではないくらい、舌使いが激しい。吐息は自然に漏れ、次第に頭がクラクラしてくる。
(……このまま、キスされっぱなしだったら……ヤバい、かも……)
ぼんやりとした危機感が、頭の中によぎる。けれど、すぐに溶けてなくなり、どうでもよくなる。
「ん゛っ!?」
突然、胸の突起を摘まれたかと思うと、自身に緩い刺激が与えられる。彼が、自分の膝を、僕自身にぐりぐりと擦りつけてくる。
(ぁ……ヤバ……上も下も気持ちいい……)
悦楽を教え込まれ、このまま溺れてしまいたいとさえ思えてくる。
しばらくして、相沢さんの唇は、僕を解放した。
「ぁ……」
名残惜しくて、無意識に声が出てしまった。
「エッロい顔。そんなに気持ちよかった?」
そうたずねられ、僕は無言でうなずく。
「それはよかった。じゃあ、もっと気持ちよくさせてあげる」
微笑む相沢さん。上気した頬が、彼の色気を倍増させている。
期待に胸を膨らませていると、彼は僕の首筋に口づけた。唇を這わせながら、時折、ちろちろと舌で弄る。
「はぁ、ん……ふっ……ぅあ……」
鼻にかかったような甘い声が、僕の口から止めどなく溢れる。
(僕……こんな声、出せるんだ……)
自分の甘い嬌声を聞きながら、どこか他人事のように思った。自分でも知らなかった一面が、相沢さんによって暴かれる。
「……あんたの声、すっげーそそる。もっと聴かせて」
そう言うと、相沢さんは僕の胸の突起を口に含んだ。
「ぅあ゛っ……!」
知らなかった快感に、僕は声を上げてしまう。
片方は舌先で舐め転がされ、もう片方は指先でカリカリと擦られる。それが気持ちよくて、もどかしくて、どうしようもないくらいに悶えてしまった。
「あ゛ぁ……っ……にゃ……! ら、めぇ……! おかし、くなるぅ……!」
言葉が、勝手に口をついて出る。彼の頭に手を添えて、もっととせがんでいるような、抱きしめるような形になる。こんな暴力的な快楽は、生まれて初めてだった。
僕の体は、どこもかしこも敏感になってしまった。彼がほんの少し触れただけで、甘いしびれが走り、過剰に反応してしまう。その度に、嬌声を上げ、自身がひくひくと戦慄き、腹の奥がぞくりと疼く。
(……中、触ってほしい……)
そんな淫らな欲が、頭をもたげる。
「う、ぁ……はっ……あいざわ、さん……そこ、ばっかり……やぁ……」
他にも触れてほしいと、言外に告げる。
僕のもっと奥――より深い部分に触れてほしい。相沢さんと一つになりたい。そう思ってしまった。
「ん? じゃあ、どうしてほしい?」
僕の胸から顔を上げた相沢さんが、小首をかしげる。
「ぇ……?」
すぐに触ってもらえない事に、僕は、情けない声を出してしまった。
「佳晴さん、教えて」
早くとうながす彼は、少し息が上がっているのか、言葉の端々に吐息が混ざっている。
「ぁ……えっと……ここ、触って……ほしい」
僕は、自分の両足を広げて、触れてほしい場所を示した。消えたはずの羞恥心が、言葉で伝える事にブレーキをかけた。
「エッロ……。あんた、マジでノンケだったのかよ? ははっ! いいぜ。いーっぱい触って、ぐっちゃぐちゃにしてやるよ!」
そう言うと、相沢さんは、僕の窄まりに彼自身を充てがう。
「ぁ……はぁ……んっ」
ようやく、一番触れてほしい場所に触れてもらえる。そう思うと、気持ちが昂ぶる。腹の奥が、蠢くように疼く。
「挿《い》れるよ」
低く告げると、相沢さんがゆっくりと僕の中に挿入《はい》ってきた。
「ん゛っ……! んん……」
慣れない質量に、思わずまぶたをぎゅっと閉じる。中から押し広げられる感覚と痛みが、彼に貫かれている事を思い知らせる。けれど、不思議と恐怖は感じなかった。昨日の今日だからなのか、それとも僕が彼を求めているからなのか、理由はわからない。
「きつ……。佳晴さん、息吐いて、力抜いて。大丈夫だから」
と、相沢さんに頭をなでられる。
すると、無意識に強張っていた体から、自然と力が抜けた。
「あ゛……ぅ……なに、これ……気持ちいぃ……」
とろけてしまいそうなほどの恍惚感が、僕の頭の中を支配する。
「あ、ちぃ……佳晴さんの中で溶けそう……」
気持ちよさそうな相沢さんの声に、僕は自然と口角を上げていた。
「動くよ」
そう言うと、相沢さんは僕の返事を待たずにゆっくりと腰を動かす。
「う……ふっ……は、ぅ……ん゛っ……」
緩い抽挿が繰り返され、僕の口からリズミカルに声が漏れ出る。
「あんた……咥え方、上手すぎ……! 俺の形、覚えてるみてえ。昨日の今日で、覚えたのか……よ!」
言い放ちざま、相沢さんは奥に強く押し込んだ。
「あ゛っ……! あ゛、あぁ……ふか、す、ぎ……!」
のどを締められたように苦しくなり、上手く息ができない。なのに、頭の中は、気持ちよさでいっぱいになる。
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ。佳晴さんの声、もっと聞きたい。やらしいとこ、もっと感じたい。もっとよがって。もっと、俺で感じて……もっと、もっと!」
言いながら、抽挿を速める。
次第に、肌がぶつかる乾いた音と卑猥な水音が、僕の耳に届く。
「あ゛ぁ、は……ふぐぅ、かはっ! は、げしい……!」
声が止まらない。快楽の波もとどまることを知らず、僕を翻弄する。息をするのもままならず、甘い酸欠状態が、僕を襲った。
「はぁ……っ、ほんっとに、佳晴さんの体、よすぎ。腰、止まんねえ!」
相沢さんは、酔いしれるように告げる。
抽挿が繰り返される度、彼自身が脈打ち、より硬くなるのを感じていた。
(あ……やばい……。僕も……腰、勝手に動く……)
喘ぎながら、自分の体がコントロールできないことを自覚した。このまま、彼との悦楽に溺れたい。彼と一緒に果てたい。本能が、そう叫んでいる。
相沢さんが繰り返す抽挿、僕が上げる嬌声、結合部分から聞こえる卑猥な水音。それだけが、この異様な熱気が漂う部屋に響いている。僕達は、互いに快楽を貪り合うだけの獣になっていた。
「お゛ぉ……あ゛っあ、ぁ……だ、だめ……あい、ざわさん! また……!」
何度目かわからない限界を迎えそうになり、僕はどうにか相沢さんに伝える。
「まだイくなよ。俺も、そう少しでイキそ……だから!」
と、相沢さんが眉間にしわを寄せた。
「ひぎぃっ……! ぐぅっ……い……いっしょ、に……イキ、たい……!」
「俺も……佳晴さんの中に出したい」
「お゛、く……だして……! あいざわ、さん……で、いっぱい、にぃ……! ぁ、らめ……イ゛ッちゃう……!」
「イけ……! イッちゃえ……! 頭ぶっ飛んだまま、イけっ!」
最奥をえぐられる。
「あ゛っ、い、イぐイくイく……イ゛、ぐっ!」
命じられるまま、僕は欲望を吐き出して果てた。
「く……締まるっ……! ――っ!」
ほぼ同時に、相沢さんも僕の中に吐き出した。
腹の中が、じんわりと温かい。頭の中が、真っ白に溶けていく。
「……んっ!」
相沢さん自身が、僕の中から抜かれる瞬間、僕は小さく声を上げてしまった。
「かわいい声、出しちゃって。まだ足りない?」
なんて、相沢さんにたずねられて、僕は一気に恥ずかしくなった。それ以上に淫らな姿を見せたというのに。
「足りないわけじゃ、ないですけど……。まだ、落ち着かなくて……」
僕がそう言うと、相沢さんは僕の横に寝転がった。
「それじゃあ、落ち着くまで、こうしててあげる」
と、優しく頭をなでられる。
それがとても心地よくて、快楽とは別の温かな気持ちが胸の中に広がっていく。
(幸せって、こんな感じなのかな? ……こんな事、自然にできるなんて、モテるだろうな……)
ふと、僕はそんな事を思った。
悔しくないと言えば、嘘になるかもしれない。でも、自分には、到底、真似できないと負けを認めてしまった。
「ん? どうしたの?」
僕が見つめていたからだろう。相沢さんが、優しく微笑んでたずねてきた。
「あ、いや……終わった後、いつも、こういう事してるんですか?」
そんな問いが、自然と口をついて出た。
「ああ、まあね。たとえ一回だけだとしても、俺との事がいい思い出になればいいな、なんてね」
自己満足だけれどと、相沢さんははにかんだ。
確かに、最初は最悪だと思っていたけれど、今となってはいい経験をしたのかもしれないなんて思っている自分がいる。
「何? もしかして、俺に惚れた?」
妖艶な笑みで、相沢さんが聞いてくる。
そんなんじゃないと言いながら、僕は彼の胸に頭を埋めた。
「ただ、いやに慣れてるなと思って……」
恥ずかしさと気まずさで、ぽつりとつぶやく。
「……あの、さ。そんな、かわいい反応されると、襲いたくなるんだけど?」
苦笑するような甘い声で告げられ、僕の心臓と下半身がびくりと跳ねた。
「……して、ください」
彼の胸に頭を埋めたまま、僕は消え入りそうな声で告げた。
「じゃあ、遠慮なく。……悪いけど、優しくできねえから」
低く宣言すると、相沢さんは僕の首筋に口づける。
言葉とは裏腹に、落とされたキスはとても優しいものだった。
日常に戻った僕は、わくわくしながら日々をすごしていた。仕事をしていても、心の中はどこか落ち着かない。浮き足立っているのは、周囲にもバレていたようで。同僚から、何かいい事でもあったのかとたずねられることが何度かあった。その度に、曖昧に言葉を濁す。時間はあっという間にすぎて、内見当日。僕は竜希を連れて不動産屋へと向かった。窓口で内見の予約をしていると伝えると、「いらっしゃいませ。相馬様ですね? お待ちしておりました」と、長身ですらりとした男性が奥からやってきた。「あ、はい! よろしくお願いします」その男性の凛とした雰囲気に、変に緊張してしまう。「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。物件には、すぐにご案内いたしますから。リラックス、リラックス」彼は、優しい笑顔を浮かべる。目つきが鋭いから少し身構えてしまったけれど、案外いい人なのかもしれない。「申し遅れました。私、担当の君島と申します」と、丁寧に名刺を差し出された。「ご丁寧に、どうも」なんて、平静を装いながら受け取る。でも、内心は、やらかしたと焦っていた。普段なら、自分の名刺は持ち歩いている。でも、休日はさすがに持っていなかった。「佳晴さん、落ち着いて」大丈夫だからと、竜希が耳もとでささやく。その声音に、心は一瞬にして落ち着きを取り戻した。「どうかしましたか?」と、怪訝そうな君島さん。何でもないと取り繕うと、「それでは、私どもの車で向かいますので、こちらへどうぞ」と、店の外に案内された。駐車場を少し歩くと、真っ白な車が数台ほど停まっている。ドアの側面には、この不動産会社の社名が大きく入っていた。「助手席と後部座席に――」「いえ、俺達は後ろに乗りますので」君島さんの言葉を遮って、竜希がそう宣言した。君島さんは気分を害した風もなく、にこやかに了承してくれた。「ちょっと、竜希。どういうつもりだよ」小声
竜希の家に戻ると、彼は先ほどと同じ席に座っていた。ラフな普段着に着替えていて、髪が濡れている。その後ろ姿に、ときめいてしまった。「ただいま」平静を装いつつ声をかけて、彼の隣に座る。「あぁ、お帰り。レモネード、作り直そうか?」竜希の問いに、目の前にあるグラスに視線を向けると、レモネードが半分ほど残っている。(ゆっくり飲みたかっただけなのに、変に気を遣わせちゃったかな?)なんて思いながら、大丈夫だと答えた。「でも、もう冷たくなくなってるだろ?」「そんなに長時間、置いてたわけじゃないから大丈夫だって。それに、せっかく竜希が作ってくれたんだから、捨てるのはもったいないよ」僕がそう言うと、竜希は照れくさそうにはにかんだ。「佳晴さんがそれでいいなら、いいけど。もし飲み終わったら、速攻で作るからな」「わかったよ。それじゃあ、物件探しではずせない条件、挙げていこうか」と、パソコンを起動しメモ帳を開く。「やっぱり、駐車場は必須だよな。俺のと佳晴さんので、二台分」「そうだな。駐車しやすいとこだと、なお良しって感じかな」言いながら、メモ帳に入力していく。「佳晴さんは、何階想定で考えてる?」「そこは、特に考えてなかったな。一階だったら、割と楽だけどね」確かにと、竜希が同意する。それから、キッチンの収納やクローゼット、バス・トイレ別など、互いに譲れないこだわりを書き出していく。「俺はこんなもんだけど、佳晴さんは? 他に希望ないの?」「僕? そうだなー……風呂場とトイレは、ある程度、広い方がいいかな」「風呂場……? なんだ。そういう事なら、言ってくれればいいのに。裸のつき合い、しようぜ」妖艶な笑みを浮かべる竜希に、肩を抱き寄せられる。その色香に流されそうになるけれど、どうにか耐える。「そ、そうじゃなくて! 風呂場もト
『一緒に暮らそうか?』竜希にそう誘われてから、僕の思考は袋小路に迷い込んでいた。もちろん、とてもうれしい。うれしいのだけれど、本当にその申し出を受けていいのか、わからなくなっていた。食事中や仕事中――それこそ朝から晩まで、考えるのはそればかりで。「竜希と一緒に暮らす、か……」リビングのソファーに深く腰かけてつぶやく。彼ともっと一緒にいたい気持ちと、自分なんかで本当にいいのかという思いが、堂々巡りをくり返す。「……臆病すぎるだろ、自分」と、大きくため息を吐く。あずさとの間でも、そういう話が出たことはあった。当時は、今みたいに舞い上がっていたと思う。でも、臆病風に吹かれたのか、あずさと一緒に暮らすことはなかった。(……変われたと思ったのは、気のせいだったのかもな)なんて、自嘲する。竜希が隣にいたからこそ、勇気が出ただけなのかもしれない。『変わりたいんじゃなかったのか?』内なる自分に詰められる。うじうじしている自分を変えたいと思ったのは、嘘ではない。竜希の隣なら変われると思った。でも、一人になると、弱気な自分が顔を出す。「どうすればいいんだよ、僕は……」もう一度ため息をついて、うなだれる。(竜希……)何の気なしにスマホを手にして、竜希とのメッセージ画面を開く。そこに、明確な答えなんてあるわけもないのに。ログを遡り、やり取りを見返していく。彼の優しさが、そこかしこに散らばっていて、思わず口角が上がる。重く沈んでいた心が、わずかに軽くなった気がした。『感情で考えてもいいんじゃない?』唐突に、竜希の言葉が耳の奥に響いた。本気で変わりたいと思ったきっかけでもある。感情で考える――つまり、自分がどうしたいかということだ。(そんなの決まってる! 竜希ともっと一緒にいたい)それではどうするかと考えた時に、はたと気がついた。心は、もうとっくに竜希と一緒に暮らすことを決めていた。
「ぁ……ごめん、汚しちゃった」僕は、荒い息のまま謝罪する。僕の足先の床に、白濁の液体が水溜りのように広がっている。「あぁ、別にいいよ。後で掃除するから。それよりさ、ベッド行こうぜ」「あぇ……ベッド?」「あんたのかわいい顔見ながら、イきたい。いいだろ?」竜希は、そうささやいて僕の耳たぶを甘噛みする。「ん……っ! ぁ……少しだけ、じゃなかった?」「満足させてくれって言ったのは、あんただぜ?」くつくつと笑う竜希は、僕から自身を抜いた。「ひぅ……」ずるりと引き抜かれる感触に、思わず声が出てしまった。「こんなんじゃ、まだ足りねえだろ?」妖艶に告げる竜希に、僕は無言でうなずいた。「だよな。おいで」彼にうながされてベッドに向かうと、優しく押し倒された。「佳晴さん、かわいい。ずっと、俺だけ見てて」竜希はそう言うと、僕の返事を待たずにキスをした。優しく甘く温かいキスに、ゆっくり溶けてしまいそうだ。(僕だけ見てて、竜希……)独占欲にも似た感情が、胸の中に溢れてくる。息が苦しくなるのも構わずに、僕達は貪るようにキスをする。呼吸の一つ、唾液の一滴さえも逃したくないくらいに夢中になっていた。「んぁ……」甘くとろけた吐息が漏れた。舌もしびれている。(このまま、キスしていたい……)ぼんやりとそんな事を思っていると、竜希の唇がふっと離れた。名残惜しくて目を開けると、竜希は瞳をギラつかせていた。本能むき出しの姿に雄を感じて、心臓が跳ねる。同時に、僕自身が硬く反り勃ち、腹の奥が疼いた。「た、つき……」もたつく
注文していたピザが届くと、僕達はいつものように向かい合って食卓を囲んだ。僕の前にはアスパラとベーコンとコーンが乗ったピザが、竜希の前にはペパロニがたくさん乗ったピザが置かれている。いただきますと言って食べ始める。シャキシャキとしたアスパラの食感とベーコンの塩気、それにコーンの甘味がちょうどいい。「佳晴さんのも美味そうだな。一切れちょうだい」「いいよ。そっちの、一切れもらっても?」「もちろん」と、互いのピザの一切れを交換する。もらったピザを一口食べると、ペパロニ独特の肉の味とチーズのコクが口の中いっぱいに広がった。「これも美味しいな」「だろ? 一番好きなピザなんだよね。こっちはどうかな、と。……美味い! これ、好きだ」アスパラベーコンのピザを一口食べると、竜希の顔に満面の笑みが咲いた。「よかった、気に入ってもらえて。このピザ、僕のお気に入りなんだ」「じゃあ、よく頼むんだ?」「うん。たまに、別のを選ぶけどね。期間限定のとか、クアトロフォルマッジとか。でも、結局これに戻っちゃうんだよね」「ああ、それは確かにわかるかも。食い飽きない味だもんな、これ」言いながら、竜希はその一切れを頬張る。そんな彼を見て、ほっとすると同時に笑みがこぼれた。誰かと好きな味を共有できることが、とてもうれしい。それに、自宅で食べるピザよりも、格段に美味しい気がする。(これも、竜希と一緒だからかな)なんて、自然と彼に視線が行く。「どうしたの? そんなに見つめてくれちゃって。もしかして、もう一切れ欲しい?」小首をかしげて、竜希は自分のピザを指さした。「違うよ。竜希と一緒だから、ピザが美味しいなって思っただけ」僕は、わずかの逡巡、思ったままを伝えた。「……そっか。それなら、よかったよ」と、竜希はにやりと口角を上げる。けれど、爽やかな笑顔とも妖艶なそれとも違う。少しだけ、揶揄いが含まれているような感じがした。
カフェを出た僕達は、真っ直ぐアパートへと向かった。その間も、竜希は当然のように愛をささやいてくる。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの甘い台詞だ。でも、うれしすぎて自然ににやけてしまう。「もうわかったから、やめろって」「嫌だね。俺がどれだけ佳晴さんを愛してるか、ちゃんと理解してもらわなきゃ」「理解してるから。変に嫉妬して、悪かったよ」「別に、それはいいよ。俺だって、嫉妬してもらえるのはうれしいからさ。でも、俺にはあんたしかいないの。他の奴なんかどうでもよくなるくらい、佳晴さんに惚れてるの。もう、あんたなしじゃ、生きられねえんだよ」ねっとりと告げる竜希の言葉に、僕の体は熱くなり、自身は股布を押し上げるほど主張している。(まったく、運転中なのにな……)僕は、軽く息をついた。早く彼に触れたい、抱きしめたい。焦燥感にも似た思いが込み上げ、ハンドルを握る手に力が入る。もちろん、安全運転は心がけているけれど。「なあ、竜希?」「ん? 何?」「どうして、そんなに僕を口説いてるんだ? もう堕ちてるのに」「さあ? どうしてだろうな?」他人事のように竜希が言った。ちらりと見た横顔には、困ったような笑顔が浮かんでいる。「まあでも、俺があんたに伝えたいだけだから。そんなに、重く考えなくていいんじゃねえの?」明るい口調で問いかける竜希。確かに、深刻に受け止めなくてもいいのかもしれない。「そうだな。竜希が僕を好いてくれてるんだから、それでいいか」「おう。で? 佳晴さんは?」「え、僕?」「そう。俺の事、好き?」「もちろん好きだよ。貴方の隣を、誰にも渡したくないくらいにはね」平然と言ってのける。でも、内心は、顔から火が出るほど恥ずかしかった。今まで、こんな台詞を言った事なんて一度だってなかった。なのに、竜希が相手だと、言葉が自然と溢れてくる。僕にとって、彼はすでに特別な存在になっていた。
暖かく眩しい日差しにあてられて、僕は目を覚ました。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。寝ぼけ眼で室内を見回す。相沢さんの部屋だという事を思い出すのに、数秒ほどかかった。でも、肝心の彼の姿がない。(どこに行ったんだろう……?)疑問に思い、起き上がろうと寝返りを打つ。体がだるい。昨夜の記憶が、恥ずかしさとともに蘇る。でも、不思議と嫌なものではなかった。「あんなに気持ちよかったのは、久しぶりかもな」ぽつりと、本音が口から漏れた。ベッドから出ようとして、布団の感触に苦笑する。確認するまでもなく、素っ裸だ。相沢さんに抱かれた後、そのまま眠ってしまったのだろう。一応の確認をすると、僕の体は
彼のペースに流されるままでいいのかと。理性が警告する。「くそっ!」僕は悪態をつき、相沢さんを見据える。「覚悟は決まったか? 佳晴さん」と、相沢さんは勝利を確信したように問う。「……ええ、決まりましたよ。貴方は、僕の心までは自由にできない」それではと、僕は彼に背を向けて歩き出す。「今の幸せじゃない状態が続いても?」彼の言葉に、僕は動きを止めてしまった。『幸せじゃない』それは、僕が常々、思っている事
(いや、まさか、そんな……あり得ないって!)一瞬、頭によぎった可能性を、僕は全力で否定してカクテルを煽るように飲む。ライチの爽やかな香りが、脳内をクリアにはしてくれる。けれど、目の前にある鍵の処遇については、何の解決策も浮かばなかった。僕は小さくため息をついて、他の席を眺める。カウンター席には、僕の他に一人の男性が座っていた。ボックス席の方に視線を向けると、カップルや友達同士らしい客が複数人いる。そんな中、一番奥の席に相沢さんの姿があった。(あ、いた!)
脳内に浮かぶ彼の指使いに合わせながら、僕は自身に指を這わせる。優しくなで、時に激しく上下させる。自分で触れているはずなのに、彼に触れられているように感じた。錯覚なのは、わかっている。けれど、彼に出会う前の自慰よりも快楽を感じていた。何度目かの絶頂の後、僕は荒い息のまま脱衣所に向かった。収まることを知らない下半身の疼きから、解放されたかった。肌に擦れる布の感触が、完全には引いていない熱を呼び戻す。敏感すぎる感覚を恨めしく思いながら、僕は服を脱いで風呂場に入った。熱いシャワーを頭から浴びていると、体内に残っている衝動がゆっくりと鎮まるのを感じた







